• 蠢く虫を見つけ

    記憶と同じ形をしているもの

    児戯への感謝と

    アスファルトに憐憫を

  • アイスコーヒーのカンカンがひんやりと汗ばむ季節

    小さい秋を見つけることで秋を感じるように

    小さい変化の積み重ねが人をこれからやってくる季節へとせき立てるのだろう

  • 齢をひとつ重ねる

    それは今年の残り半分を折り返すことを意味する

    ようやっと気づく

  • memory32

    これは小さな神話

    僕だけの小さな神話

    抜け殻を捨て去ると

    新たな予感が芽生えていた

  • issue33

    issue33

    白々しく吐き出される息と眠気に呼応するように、青い空に浮かぶ白い物体もまた、眠たげな目を半分もあけることができていない。よくよく考えれば異様な光景だ。青い空に何かが浮かんでいる。空と海がなぜ同じ青色なのか興味を持つ年齢はとうに過ぎてしまい、アレが何なのかは科学的に証明され、好奇心はやがて知識と言う本の一ページに納められてしまった。そしてほとんどの人は目の前のことに必死になり、畏怖すべき存在を意識の外に追いやってしまった。

    昼は太陽が一つ、夜は月が一つと思い込んでいたが、改めて見ると朝は太陽と月が二つとも浮かんでいる。太陽は地平線に沈んでしまえばその姿を現すことなく、夜の支配者である月に空という大舞台をあけ渡す。月は太陽の輝きを一心に受けて黒いヴェールに白い軌跡を描く。そして、反対の地平線が白み始め、太陽がいよいよ出番を迎え燦々と姿を現す頃合いにも、まだ月は浮かんでいることになる。一向にこない電車を待ち、ぼうと眺める空の中間で、夜更かしならぬ昼更しを目の前でしている。意識しないとその存在を忘れてしまいそうなぐらいにおぼろげなのは、朝早くから生きるために働かざるを得ない我々と同じ気持ちだからなのだろう。

    そんなことを考えていると、月が瞬きをしてこちらを見ている気がしてハッとする。重たいまぶたを、何日も何月も何年もかけて閉じては開いて。一瞬とは一回瞬きをすることだ。地球に寄生する我々は、月が瞬きを一回する間に様々なことを考え、喜び悲しみ、体験し、産まれ落ちては死に絶えていく。月という星にとっては我々の些細な浮き沈みは一瞬なことで、知覚するのも難しいほどだろう。その事実が我々の事実を変えることは決してないが、けたたましい音ともにやってくる鉄の塊。開く扉に踏み入れる足取りは、決して重くはない。

  • Oshirase2

    管理人の手違いによりサイトの支払い更新ができておりませんでした。このまま一年周期でリセットしていくのも面白いかと思いましたが、せっかくなのでこのまま続けていきます。あれから一年。

  • memory31

    memory31

    どうもやる気が出ない

    そう言うと弛緩した空気がまどろみでる

    きょとんとした顔を見せるとそれが休みの日だよと返ってくる

    確かにそれが休日というものか

    悪食のように手当たり次第に手にとっては胃袋に納めようとするのに必死で基本的なことを忘れていたようだ

  • memory30

    memory30

    星座はオリオン座しか覚えていない

    真ん中の三つは我ら三兄姉弟なのだから

    見上げたあの頃の登り坂と下り坂を覚えている

    確かに覚えている

  • memory29

    meory29

    『働くことは人間の、男の罪女は腹を痛めて子を産むのが罪

    日曜は休む

    神様は地球を作るときに六日働いて一日やすんだから

    父のルール

    父の姿を見て子は真似る

    タンパク質

    牛乳飲め』

    これはある人が走りながら指を走らせたメモ書きの内容だ。これを書いた人は昨今のプロテインブームを嘆き酪農家の現状を憂える結果に至ったのだろう

  • story6

    Story6

     来月急遽異動が決まった。他の人員にかなり動きがあり、自分もその波に押されるようにしてどこかへ流されるのはなんとなく予想がついていた。だから、上司がタバコを吸いながら申し訳なさそうに切り出してきた時も特に驚きはしなかった。背負う責任も年数と共に徐々に増え、今より忙しい店舗なのは確実だ。しかしそんなことは他人事のように頭から流れ落ち、代わりに良くしてくれたお客さんたちの顔が湧き出てくる。残りの日数で全員に挨拶できるかなと上の空で考えていると、口からまどろみ出る白い煙の中にある心配事がふつりと浮かぶ。◻︎さん。あの人大丈夫かなあ。


     ◻︎さんは僕がこの店に来て以来なにかと相談事や世間話をしてくれるお客さんのうちの1人だ。そして僕が来てしばらくして認知症と診断され、どんどん症状も進行していた人だ。別の薬剤師が接客した内容を僕と勘違いし始め、同じものを別日にも買いに来るようになってきた。最近は開店の30分前から店の前の扉に立っていたり、裏口の駐車場にいることもあった。◻︎さんは挨拶するたびに私のあたま、おかしいのと頭を自分で少しこづいて、笑顔をこちらに向ける。僕が認知症のことを知ってるのはパートのおばさんが◻︎さんの家族の友達の友達で、心配になった家族づてにここまで話が届いていたわけだ。しかしそれを本人に悟られるのはあまり好ましくはないだろう。僕だって忘れますよとすまして言うが内心は沈痛な面持ちだった。


     母方のおばあちゃんは認知症になって死んだ。京オンナらしく豪胆な印象が小さい頃から強く、おほほとよく笑う人だった。しかし最期は何もかもわからなくなって笑顔で逝った。そんなおばあちゃんと重なり、遠くに桃色のサンバイザーが見えると姿を隠したくなってしまう。それでも毎回同じ挨拶をし、同じやり取りをし、話題に困りながら天気の話をする。変化があるとすれば、異動の話。また今度と言い振り向き間際の背中に異動のことを伝えると、少し止まる。少し止まった後、すーっとこちらに向き直り、思ったよりも冷静な声で寂しくなるわね。また来ますと言い残していった。その時どんな表情をしていたか思い出そうとすると、迷子の子供の姿が映るのはなぜだろう。


     そしてある日、一仕事を終えふと入り口の方に目を向けると◻︎さんが立っていた。後ろには僕の母親と同じ年齢ぐらいの女性が2人いた。白いポロシャツに首から青い紐をぶら下げている。格好からして、そうなのだろう。◻︎さんは笑顔で友達を連れてきましたと言う。僕は素直に安心しましたと後ろの2人に向けて言う。2人は事情をあまり知らないのか少し困惑した表情を浮かべる。この白衣の男は何者なのだ?そんな2人を見ながら◻︎さんと一緒に秘密めいた笑顔を浮かべたりした。雷がごうごうと鳴る音はするが、店の窓からは晴れた空が見える不思議な日だった。

    ※これはあくまでstoryであり、memoryとは違うことを付け加えておく。