言葉の限界を知る
言葉の限界を知った今を生きる哲学者は
詩人となる
同じ言語を扱うにせよ
重みを知る一言と何も知らぬ一言は
やはり響きが違うのだ
言葉の限界を知る
言葉の限界を知った今を生きる哲学者は
詩人となる
同じ言語を扱うにせよ
重みを知る一言と何も知らぬ一言は
やはり響きが違うのだ
視線を感じる
首のない亡霊
衣服の抜け殻
いない人びと
今をわたしは
私は今本を読んでいる
線の繋がっていないへっどほんを耳に
電波で繋がっているすまーとほんをポッケに
音楽は何処かからやって来て
どうにかして耳元へやって来ている
子供達は魚が切り身で泳いでいて
とりにくがどんな羽とくちばしを持っていたかを知らない
出されたものをそのまま食すような大人
にはなりたくないものだが
大人を見て育つ子供の背中を見るまだ実体なき子供たち
大人の背中は意外と小さいものなのだ
能面は左右で非対称となっていて、付けた際の右側は人間性、左側は神仏性を表すという。そして生物学では右脳が感情の処理に優れているので、感情が出やすいのは左側の表情だという。左右非対称の美、不完全の美はまことに日本人の美学に通ずるものと思われるが、感情を表しやすい左側が神仏とは面白いじゃないか。
花束を胸に抱いて寝ることの
なんて幸せなことか
別れの言葉でなく
感謝の手向に
私とあなたに
ひとをかんどうせしめようとつくられた
もの
くうかん
ただそこにあった
しぜん
ビーズを落としたような乾いた音がコンクリートの上を転がっていく。音はかわいらしいが、半歩ほど離れた先に落ち着いたその緑色の物体を目で追う。親指の爪程度の大きさのムシから予想だにしていなかった音に一瞬困惑する。ああ、だからカメムシだなんて仰々しい名前なんだと感心するが、それには心底辟易としていたのですぐに視線をそらす。ちょうどいい気温の季節にいい天気、それはもういい気分の時にいつも彼らは水をさすように現れた。それも大量に。何を言うわけでも動くわけでもなく。扉の周りに他についていないかよく確認し、開けるとすぐに後ろ手で扉を閉める。自動で点灯する玄関灯がまた今日も出迎えてくれ、自分の帰るべき場所に帰ってきた安堵を噛み締めながら長い吐息をひとつ。すると、間延びした声が部屋の奥から聞こえてくる。はっと我に帰りただいまと声を返し、特売で買いこんだ戦利品たちをレジ袋の中でガシャガシャ言わせてリビングへの扉を開ける。今日も大量だね。感心半分呆れ半分の顔がソファの上からこちらを見ている。どうせあたしは特売の女ですよと口はへの字眉間に皺よせ見返してやると彼はあわてて元の作業に戻った。手のお手入れはいつも入念で、確かにあたしはその手に惹かれるのだが、他にやることはないのかと小言も言いたくもなる。さて、冷蔵庫に詰めていかないと。あたしより一回り大きくて白い、まるで棺桶のような箱と対峙する。ちっちっちっ。乾いた音がフローリングの床を跳ねる音がする。まるでビーズのような。おそるおそる振り返ると、彼は何かを手でもてあそんでいるところだった。ダメ!!!思わずレジ袋が手から離れる。手と足は脳からの指令がうまく行き届かずもつれるように動いて、頭の中ではああ特売の卵、今ので絶対何個か割れたとか冷静なことが浮かんでいる。そしてなぜダメなのか、心底辟易しているのかふと不思議に思う。何でだろう。そうだ、イヤなにおいがするからだ。身の危険を感じると発すると言われていた。でもあたしは実際に嗅いだことはあったっけ?やっと指令が行き届いた腕を必死に伸ばし彼の手を押さえようとしたが、遅かった。肉球がそれを確実に捉えると、音もなく煌めく白煙が手元から溢れる。あたしは思わず鼻を服の袖で覆ったが、どうやら様子がおかしい。香りに色はないはずだが、色とりどりのビーズが煌めくように、いい香りがする。もしかしてあたしの鼻だけおかしいのかもと犯人の顔を見やるが、彼は心地よさそうに伸びをするとニャオとだけ呟いた。
幽霊って実は足があるんだ
その代わり、顔の方はおぼろげで
見ようと目を凝らしても首から上はもやがかってて見えないんだ
喉仏があるから、きっと男なんだろうけど
いや、それだけで性別は判断する事はできないな
幽霊とは魂なのだから
そこに肉や骨としての男や女はいないのだろう
げんにその幽霊は立派な喉仏を宿しているが赤色の華奢なスカートを履いて黒光りした靴を履いている
不思議なもので、魂と服とは切っても切れないそうだ
現代の幽霊たちよ、カラフルで居給え
僕は。いや、あたしは。気が抜けてしまう。唇をしっかりとあわせて、わたしは。そう。わたしはずっとこの問題に頭を抱えている。選択肢があるようで、じつはまったくない、押しつけられてきたわたし。なんで?とだだをこねる事はもう許されないと知ったあの日から、わたしはわたし。らしさとは呪いだ。そして、その呪いが解放された時、真の自由が待っている。そのはずだったのに、彼女はいなくなってしまった。ニセモノになりきった日々を癒すのではなく、否定することになってしまった。薬はもとは毒なのだ。その量や使い方を誤ると、人によっては死に追いやってしまうものなんだと、今さらながら気付かされる。ああ、でも後悔しても遅い。わたしは、重くじりじりと痛む右腕に制服の袖を通して、カバンを肩にかける。ニセモノの日々はまだ続きそうだよ、アオイ。
彼らはそのやり方しか知らない
親に教わったわけでもない
他の誰に教わったわけでもない
声をみんみんと張り上げる
産まれながらにしてそのやり方しか覚えてない
彼らの声を聴くものは私以外にはいない
ただただ木々と岩に滲み入る