• issue4

    issue4

    怒りは人を奮い立たせ、世界を混沌におとす。

    そこに愛はないのだから。

    愛は人を優しく包み込み、世界を堕落させる。

    そこに怒りはないのだから。

    情熱的な想いだけが人を奮い立たせ、優しく包み込み、きっと、世界をより良い方向に引っ張ってくれる。

  • issue3

    issue3

    緑と青をめいいっぱい広げた上に、鮮やかな果物が浮かぶ。

    私はそれをまさに射ろうとした。

    突然、音が後ろから鳴る。

    振り返ると、既に音の主はとった果物を小さい窓から窮屈そうに眺めていた。

    忙しなく動く手元に急かされるように、顔を前に戻す。

    果物は少し色褪せたように見える。

    震える指をぐっと押し込む。

    コトン。

    と、振動を手の中に感じた。

    箱の中身はヒンヤリとしていて、じんわりと体温を手元から全身に伝えてくれる。

    微かに、さわやかな風が鼻の奥を通り過ぎた。

    安堵した私はまた歩き始めた。

  • memory1

    memory1

    二つの道があった。

    ロープウェイで山頂近くに一気に上り詰める道と、目の前に広がる鬱蒼とした道。姿は見えないが、あたりには生命の気配が静かに満ちている。前者か後者か、幼い私は自らの足で山頂を目指すことを選んだらしい。

    急がば回れ。石橋を叩いて渡れ。誰かが言い出した言葉が時を越えて、漣のように寄せては引いていく。先人たちはどうも、急く気持ちを押さえる方に重きを置いていたらしい。それはつまり、急ぐことは誰にでもできるが、ゆっくりと、じっくりと、物事を進めることの難しさを伝えたかったのだろう。もしも簡単だったのなら、一定の含蓄を持ってこの言葉たちが使われることはなかったから。そしてその姿勢はどうやら、大人から見るとあまり好ましくは見えないようだ。

    勿論、当時の私にそんなことを考える間も無い。薄い肩は上下する。さわさわと葉の重なり合う音。小川は足元をするりと流れ、陽の影は形を刻一刻と変える。ひっつき虫たちが命を繋ぐため懸命にしがみついてくる。履き慣れない登山靴との境目が曖昧になる。目線と同じ高さになった草木の中を一心に進んでいく。踏み締めている地面は、気づけば道の様相を示していなかった。

    あの日。一本の道を選んだ私は、一匹の獣になっていたのだ。

  • issue2

    issue2

    「僕はどうすればいい?」

    このモヤモヤをけすには。

    お金持ちになるには。

    あさはやくおきるには。

    暇を潰すには。

    空のその先に行くには。

    あのこをふりむかせるには。

    「本屋に行ってみるといい。」

    「そこで君はどうすべきかが、わかるだろう。」

    「だけどね。」

    一度閉じかけた言葉は、たどたどしくも続いていく。

    「本当のところは、私のアドバイスは無視して欲しいんだ。」

    「どうしてだと思う?」

  • issue1

    舟

    issue 1

    人生百年時代。

    この単語を聞いた君は、何を思うだろうか。

    鶴は千年、亀は万年。

    ヒトは遂に、若輩者ながら列の後ろに並ぶことが許されたのだ。

    やり残したことだってたくさんある。

    何て素晴らしい時代じゃないか。

    遠くを見やる目は細く、口角は緩やかに持ち上がる。

    …そんな君のもとに、首元までぴしりとネクタイを締め、透明な商品を携えた精悍な男がやってきてこう告げた。

    「老後の資金、介護のことは考えたことはありますか?」

    「適切に資産を運用していかないとこれから先、まずいですよ。」

    「今の我々には長生きはリスクですからね。」

    男は屈託のない笑顔を見せた。