story3

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 早咲きの桜たちも散り、群がる大衆も散り始める頃。闇夜に息を潜める木々に、歪な丸い影がおぼろげに浮かんでいる。生半可な数ではなく、無数に、だ。月明かりを冷ややかに受け、濃い桃色を発しているように私の脳は認識した。不老長寿の果実を彷彿とさせるそれらはたわわに実り、見上げるものに上から覆い被さろうと両手を広げる様はまさに圧巻である。古来からヒトが夢見る桃源郷には、文字通りこのような木々がたくさん植っているのだろう。

 しかし、そもそも果実のなる木など、この辺りにあっただろうか?不思議に思い目を凝らすと、歪な影をした果実はその実、ふさふさとした花弁の集まりだった。花弁はいささか窮屈そうに何重にも寄り集まって、闇の中から静かにこちらをじっと見ていた。短い空気が喉を鳴らすのを感じ、思わず一歩後ろに退く。すると、風もないのに木々がざわめき始める。音は、正体を見抜かれたうらみつらみをたてているように聞こえる。驚きは胸に一石を投じて全身を震わし、ついには渦巻く恐怖に変わり、私は溺れまいと手足を必死に振り回してその場から走った。とにかく遠いところへ。脇目も振らず。背中にまとわりつく感覚が薄れる頃には、息も絶え絶えだった。その場にへたりこみ、のぼせ上がった頭が冷えてくると、なぜ見間違えただけでああも恐怖に慄いていたのか、自分でもちゃんちゃらおかしくなってきた。

「あの花が咲く木の下にはヒトの屍体が埋まっているんだ」

 幼少の頃に交わした会話が平静を取り戻しつつあった頭に浮かぶ。

「しかも決まって、一人寂しく死んだヒトだけがあの木になるんだ」

「寂しがり屋なんだよ」

「だから美しくも、はかない花を一年に一回だけ咲かしてヒトを呼び寄せるんだ」

「呼び寄せて、それでどうするかだって?」

 地面には役目を終えた桜の花びらたちが土と水気に汚され茶色混じりに散らばっている。

 会話は続く。

 別にとって食われはしない、ただ覚えていて欲しいんだ、と。

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