story2

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教室を抜け出す。

理由はいつも通り、仮病。先生の半ば諦めと呆れが混じった返事と、何人かが笑い混じりにヒソヒソとする空気にも、もう慣れてしまった。後ろ手に教室の扉を閉め暫くすると、淡々とした声が再び鳴り始めた。深呼吸を一つ。ため息をただつくよりは、深呼吸の方がまし…な気がする。

保健室は一階の階段横にあるから、ひとつ降りればすぐに行き着くのだけど、わたしはいつも上を目指す。2階から3階へと上り始める。階段の踊り場には、必ず窓がある。窓の外からはボールを蹴る音と歓声があがっている。桜も咲いて、まさに青春といった陽気が降り注いでいそうだ。すたすたと階段を登っていくと、3階と4階の間までやってきていた。窓はどの階にもあるが、全身姿見の鏡はここにしかない。

怪談めいた話はいくつもこの鏡に秘められている。鏡の前でお辞儀をして頭を上げると小さい女の子が後ろに立っている、秋の季節に夕日が差し込むようになると精霊が現れる、深夜0時に合わせ鏡をすると異界への扉が開いて吸い込まれる…。学校の踊り場に鏡が置いてあるといういかにもな状況だけじゃなく、鏡自体も大きいのだが、年季の入った鏡の枠から溢れる、見たものが息を飲むような重厚さがみんなの想像力を掻き立てているんだろう。

「みんな怖いもの見たさというか、手軽に非日常が欲しいんだよね。きっと。だからいまだに根も葉もないものを作り上げてみんなで信じてるフリをしてるんだよ。科学が進歩しても。」

友達のやけにさめた、大人めいた言葉を思い出す。木彫りの立派な枠。彫られているのは花?でも、花にしてはやけに縦にひょろりと伸びて、花びらはお辞儀しているように見える。枠に塗装などはなく生の木のままなので色はわからないが、小ぶりな様子から薄い色の花なんだろうなと思いつつ、つい鏡の方に目を移してしまう。

鏡にはひょろりと背だけは伸び、重力に負けて猫背気味の制服姿の自分が映っていた。小学生の頃から既に身長はクラスの男子達よりも高かったが、最近は追いつかれ、中には自分を抜かし始める男子もいて、なんというか、気にくわない。

モヤモヤとした気持ちになるのが嫌で、いつも通りすがりにチラッと見ていただけで気がつかなかったが、枠の右下には小さい銀色のプレートが張り付いていた。そこには「平成四年卒業生一同より」と書かれていた。平成四年…といえば、1992年?40年以上前だ。両親もまだ生まれていないとなると相当昔で、どんな世界だったのか想像もつかない。しかし、何か心の隅に引っかかるものがあるような気がした。図書室には卒業アルバムが毎年新しく並んでいるのでもしかしたらあるかもしれない。

意外な発見に考えを巡らしていると、気づけば屋上に続く階段まで来ていた。外に出るための扉は固く閉ざされているので、わたしの寄り道もここまでだ。

いつもならそうだった。あの日は扉の隙間から白い光が一筋漏れていた。光とともに、春風がこの空間の止まった時間をさらさらと流していた。階段には入り込んできた花びらも何枚か落ちていた。外の歓声が先ほどよりも大きく聞こえる気がする。階段を一歩二歩と上がる。授業中にほっつき歩くのは自分ぐらいだけなはずなのに、誰かの視線を感じる。視線というよりは、まなざし?見守られているような、奇妙な安心感がある。扉の前まできた。鍵は開いているようで、風に揺られてキィキィと微かな音を立てている。ドアノブに手をかけようとして、初めて気づく。落ちている花びらは外で咲いている桜ではなかった。それは、ちょこんとお辞儀しているように見えた。

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