memory1

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二つの道があった。

ロープウェイで山頂近くに一気に上り詰める道と、目の前に広がる鬱蒼とした道。姿は見えないが、あたりには生命の気配が静かに満ちている。前者か後者か、幼い私は自らの足で山頂を目指すことを選んだらしい。

急がば回れ。石橋を叩いて渡れ。誰かが言い出した言葉が時を越えて、漣のように寄せては引いていく。先人たちはどうも、急く気持ちを押さえる方に重きを置いていたらしい。それはつまり、急ぐことは誰にでもできるが、ゆっくりと、じっくりと、物事を進めることの難しさを伝えたかったのだろう。もしも簡単だったのなら、一定の含蓄を持ってこの言葉たちが使われることはなかったから。そしてその姿勢はどうやら、大人から見るとあまり好ましくは見えないようだ。

勿論、当時の私にそんなことを考える間も無い。薄い肩は上下する。さわさわと葉の重なり合う音。小川は足元をするりと流れ、陽の影は形を刻一刻と変える。ひっつき虫たちが命を繋ぐため懸命にしがみついてくる。履き慣れない登山靴との境目が曖昧になる。目線と同じ高さになった草木の中を一心に進んでいく。踏み締めている地面は、気づけば道の様相を示していなかった。

あの日。一本の道を選んだ私は、一匹の獣になっていたのだ。