issue33
白々しく吐き出される息と眠気に呼応するように、青い空に浮かぶ白い物体もまた、眠たげな目を半分もあけることができていない。よくよく考えれば異様な光景だ。青い空に何かが浮かんでいる。空と海がなぜ同じ青色なのか興味を持つ年齢はとうに過ぎてしまい、アレが何なのかは科学的に証明され、好奇心はやがて知識と言う本の一ページに納められてしまった。そしてほとんどの人は目の前のことに必死になり、畏怖すべき存在を意識の外に追いやってしまった。
昼は太陽が一つ、夜は月が一つと思い込んでいたが、改めて見ると朝は太陽と月が二つとも浮かんでいる。太陽は地平線に沈んでしまえばその姿を現すことなく、夜の支配者である月に空という大舞台をあけ渡す。月は太陽の輝きを一心に受けて黒いヴェールに白い軌跡を描く。そして、反対の地平線が白み始め、太陽がいよいよ出番を迎え燦々と姿を現す頃合いにも、まだ月は浮かんでいることになる。一向にこない電車を待ち、ぼうと眺める空の中間で、夜更かしならぬ昼更しを目の前でしている。意識しないとその存在を忘れてしまいそうなぐらいにおぼろげなのは、朝早くから生きるために働かざるを得ない我々と同じ気持ちだからなのだろう。
そんなことを考えていると、月が瞬きをしてこちらを見ている気がしてハッとする。重たいまぶたを、何日も何月も何年もかけて閉じては開いて。一瞬とは一回瞬きをすることだ。地球に寄生する我々は、月が瞬きを一回する間に様々なことを考え、喜び悲しみ、体験し、産まれ落ちては死に絶えていく。月という星にとっては我々の些細な浮き沈みは一瞬なことで、知覚するのも難しいほどだろう。その事実が我々の事実を変えることは決してないが、けたたましい音ともにやってくる鉄の塊。開く扉に踏み入れる足取りは、決して重くはない。