memory10

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手で仰いでみるが特に香りは感じられ無い。鼻で直接かがないようにする癖が抜けておらず、店主にもっとぐっと香るように勧められる。思い切って鼻をガラス瓶のなかに突っ込む。なるほど、確かに茶葉とは思えない、瑞々しい果実や蕩けるような花の香りが肺を満たしていく。

次いで、小さなガラスの茶碗に満たされた琥珀色の茶をもてなされた。ありがたく頂こうと口元に持っていくと、先程感じられた香りが液体からほとんどしない。はてなと思いつつ口にすると、香りが鮮烈に蘇ってきた。面白いことに、飲み込んだ後も香りは鼻と口から出ようとせずスーッと余韻が伸びていく。店主は見透かしたようにその香りのことを「○×△」と言った。中国語だったので正確に聞き取れなかったが、この現象にも名前があり、それを愉しむ世界があることにどこか安堵した。中国の茶碗が一般的に小ぶりであることも繋がったような気がする。

店主はそんな僕らの様子を満足げに見つめていたが、おもむろに藍色に染まった衣を脱ぐと「香 港」と胸元に大きく書いてあるジャージを着ていた。

始まりから終わりまで、なかなかにやり手である。