story1
「おやすみなさいませ」
最後の言葉をかけるが、返事はなかった。スイッチを入れると低く唸るような音が部屋に響き渡る。箱の中には眼を閉じ、静かに横たわる子供が一人。白い霧が箱を満たし、やがて姿は見えなくなっていった。
薄暗い部屋には私以外に二人いた。全身白の服を纏い、手元の端末に表示される項目を淡々とチェックしている女性と、口を真一文字に結び、箱をただ見つめている男。
「これで一連の流れは以上になります。アフターケアなども誠心誠意を持って行うのでご安心ください」
再三口にしたマニュアル通りの言葉が男に届いたかは窺い知れない。少しは気の利いた言葉も付け足そうかと逡巡したが、必要以上の言葉は無用だと悟っていた。暫し、稼働した箱の低い音と機械を操作する音だけが響く。
問題がないことをひとしきり確認すると、チラリと向かい側にいる男の方に視線を移す。よく手入れされたスーツだが、髪はボサボサに伸び、顎には剃り残した無精髭が見え、かなりの疲労感を感じさせる。朧げに光る男の瞳を見てはいけないと分かっていても、視線が吸い込まれていく。
耳鳴りのような高音が、微かに鳴り始める。
金縛りの前兆のように体の感覚が奪われる。
視界はだんだんと暗くなるが、男の眼だけは異様に輝きを増す。
眩しさに眼がやける。
眼を覆おうとしても、手は指先一本すら動かない。
悲鳴にもならないかすれた空気が喉を震わす。
眩しさは増し、地獄のような熱さを持って全身を貫く。
チカチカと光が弾け、これはーーーーまたーーーーーーーーー
ーーー「それでは最終的な手続きがあるので別室へ移動しましょう」
軽い衝撃と、女性の声で一気に現実へと戻される。
全身に冷や汗をかき、動悸が止まらない。頬を伝う感覚に思わず白い手袋で顔を拭う。体は動き、喉は乾いてはいるがあの熱さはもう感じない。いつの間にか部屋の扉前にいる女性はこちらに視線を投げた後、男と共に革靴の音を響かせ部屋を出ていった。
ぼんやりとした視界、肩で呼吸をしながら一人残された部屋を見渡す。
可愛らしい子供服やオモチャ、はては大人の女性が着るような服や靴がまるで背の順のように置かれている。それらに囲まれるように鎮座している箱は、呼吸をするかのように仄かな光を点滅させている。恐らく目覚める頃には何もかもが変わっているかもしれない。
心なしか寒くなった空気に身を震わせ、部屋を出た。