12年と言うと干支がくるりと一回転して、ひとまわりと呼ばれる単位になり、そう思うと建物も人も何もかも変わっていると思っていたけれど、そこに確かにあることに変わりはなく、あとどのぐらいまわることができるのかと翳りも見せるが、変わることと変わらぬことが両方存在できることが新たな希望となった
12年と言うと干支がくるりと一回転して、ひとまわりと呼ばれる単位になり、そう思うと建物も人も何もかも変わっていると思っていたけれど、そこに確かにあることに変わりはなく、あとどのぐらいまわることができるのかと翳りも見せるが、変わることと変わらぬことが両方存在できることが新たな希望となった