空きっ腹に微糖の缶コーヒーを流し込む。ブラックにしなかったのは食べ忘れた朝食の分、なけなしのカロリーを少しでも摂取するためだ。そんな時私はいつも、野生動物たちがその日を生きていくためのカロリーを摂取するのに奔走し、人里に降りたりする光景を想像してしまう。私たち人間がその日食べれるか食べれないか気にすることはそうそうない。飲み水もそうだ。当たり前のように享受しているが、本来の自然界のことを考えると異常だ。そして、そんな当たり前を破壊する戦争が歴史の教科書の中でなく、実際に今起きている。テレビやスマホの画面の向こうの世界で、自分には他人事に思えるかもしれないが確実に暗い足跡は迫ってきている。そこまで考えていると、缶コーヒーは半分に、目的地は半分のところまでやってくる。これもまた、日常だ。